戻る

ボアヒャスの詩「シャガール」を読み解く

管理人

まえがき |  作者略歴 |  詩の本文
|  2 |  3 |  4 |  5 |  6
(1~6の区切りは原文に元から付いていたものです)
(本文中の註は〔 〕で表示しています)

まえがき

    詩が絵画と並行的に解説されると面白く読みやすいもので、特に特定の絵画作品とモチーフを共有している詩作品の場合ならなおさら解説は面白く読みやすいものになるだろう。今回は、戦後のドイツの女流詩人ボアヒャスの叙情詩シャガール(chagall, 1961)のWapnewskiによる解説〔1〕の摘要を記して、そういう詩作品の妙を楽しんでもらう。
    原文・原語を併記していますが、ドイツ語の知識がなくても、ぜんぜん気にしないで読んでください。原語・原文のこみいった解説は適宜捨象してください。詩的技法の専門的な解説はなるべく註にて行っています;本文でも行っています。適宜捨象してください。また、Wapnewskiの文章は体言止めや省略を多用した多少凝った文体ですが、それは勝手に捨象しました。それは気にしないでください。それと、本文に出てくる「恋」はすべて「愛」に置き換えられます。ドイツ語には2つの区別がありません。

▲冒頭

作者略歴

エリザベート=ボアヒャス

エリザベート=ボアヒャス(Elisabeth Borchers)は1926年2月27日にデュイスブルクのホンベルク(Homberg)で生まれて育った。第二次世界大戦中は祖父母のいるアルザス地方ニーダーブロン(Niederbronn)に移る。後にバーデン=ヴュルテンベルク州のラーベンスブルクにある村エシャッハ(Eschach)の居住区ヴァイセナウ(Weißenau)に移る。1945~1954年の間ボアヒャスは占領国フランスの通訳を勤める。1946年に結婚しているが1957年に離婚。1958~1960年に北米合州国に滞在している。次に、ウルム成人大学でインゲ=アイヒャー=ショル(Inge Aicher-Scholl、ウルム造形大学の創立者の1人)の協働者になる。1960~1971年にルフターハント出版社(Luchterhand Literaturverlag)の編集局に勤める。1971~1998年にズーアカンプ出版社(Suhrkamp Verlag)とインゼル出版社(Insel Verlag)の編集局に勤める。多数の児童文学書を書いており、詞華集の出版業で特に名が知られている。さらに国際ペンクラブの会員であり、マインツ人文科学アカデミー(Die Akademie der Wissenschaften und der Literatur Mainz、AdW-Mainz)の会員であり、ドイツ言語・詩アカデミー(Die Deutsche Akademie für Sprache und Dichtung、DASD)の会員である。

詩の本文

      シャガール

      恋人たちの歴史は
      1匹の魚
      恋人たちの歴史は
      1匹の雄牛
5    居るのは
      恋しあう人たち
      街の前の炎として

      天使が街の夜を青く歌う
      ハトが静かにまだ座っている
10  風が動物の目を食べる
      夜青色の花といっしょに
      エラと角の間を
      ほがらかな命運が漂っている

      けれど恋しあう人たちは
15  無視する
      そして炎でいる
      赤く街の前に

      chagall

      die geschichte der liebenden
      ist ein fisch
      die geschichte der liebenden
      ist ein stier
5    es liegen
      die sich lieben
      als feuer vor der stadt

      ein engel singt blau ihre nacht
      noch sitzt die taube still
10  der wind speist das tieraug
      mit nachtblauen blumen
      zwischen kieme und horn
      treibt heiteres geschick

      doch die sich lieben
15  achten es nicht
      und liegen ein feuer
      rot vor der stadt

▲冒頭

1

    1960年に「フランクフルト一般新聞」の文芸欄にボアヒャスの詩〔2〕が載って一騒動になっていた。それは魔術的に歌う水妖の詩であり、憤激と感嘆をあおった。出版後数週間で勢いは冷めたが、詩の専門家連にも、反応の規模が計り知れなかった。その詩の中の「溺れた水夫をどうしろというのか」は、英語の船歌〔shanty〕の転用である。当時無名だったボアヒャスは文学に通じた詩人であり、こういう引用が多かった。第1詩に散見される水・晩・草・眠りといった要素は、繰り返し出てきて変形する。これらは大地・風・夜・炎といった夢の要素を連想させる。それは童話であり児戯であり、高次の世界の形である。

▲冒頭

2

    エリザベート=ボアヒャスは1926年に低部ライン地方で生まれた。この地方はフランスに近く、フランスにも住んでいたボアヒャスにはフランス語の詩もある。出版社の編集部に勤めていて、本名・筆名で、児童本・ラジオドラマ・散文を書いて出している。詩集は小さい3巻を出している;1961年と1967年に第1・第2巻、その2つの抜粋+新たな1編という構成の第3巻を1976年に出している。シャガールは最初期の作。初期にはボアヒャスは小文字主義で書いていて、句読点を用いていない。後期にはそうでなくなる。叙情詩ではこういった書式は、他の分野でとは異なり、趣味やこけおどしではない。大文字使用や句読点使用は、書き手の意図を構文的にすみやかに理解するためのものだ。一方叙情詩には独自の法則があって、すみやかに理解してもらう気はない。叙情詩は自らの形式によって理解されるのであって、現行の正書法によってではない。

▲冒頭

3

    その形式はというと、だんだん小さくなっていく3詩節〔3〕である:7詩行〔4〕→6詩行→4詩行。詩行数が少なくなってゆき、詩情が高まってゆく効果が出ている。詩行1つ1つも、揚格〔5〕が1~3とまちまち。脚韻〔6〕は無し(ボアヒャスは脚韻をときどき用いる)。「fisch」・「stier」・「still」・「geschick」・「nicht」が母韻〔7〕を踏んでいる;「liegen」が「lieben」と、「stadt」が「nacht」と母韻を踏んでいる。母韻でこれらの言葉は互いを求め合っている。
    第1詩節が「炎」で間接的に赤色に染まっていて、第2詩節が「青く」と「夜青色の」で(とそれらに共鳴する「ハト」と「目」で)青色に染まっていて、第3詩節が「赤く」と言いつつ最後に炎を予兆させていてやはり赤色に染まっている。
    詩は語り調で始まり、語り調は、定型が繰り返される時の厳かさによって、告知調になる。「恋人たちの歴史は」という定型が繰り返されている。詩全体は聖書の比喩語法を感じさせる。過去が現在になる;恋人たちはかつては魚だったし雄牛だった;今は街の前の炎だ。これが提示部。
    第2詩節がそれを補完する。第2詩節は雰囲気を描く;シーンを飾る;天使を参加させる;ハトと・風と・花とを関係させる。これらの基礎はほがらかさである。頭の端を互いに遠くにそむけている魚と雄牛の間をこれらが、ほがらかさに運ばれて流れている。
    第3詩節は第1詩節にもどってくる。詩全体が円環になる。第3詩節の中の3行は第1詩節の最後の3行から導いている。「無視する」が割り込んで、恋人たちが「ほがらかな命運」を拒否する。恋人たちは恋の絶対さに没頭しているからだ。第1詩節で「炎として」・いわば炎を演じていた恋人たちは、第3詩節では炎である。こんどは色が「赤く」とはっきり名指されて、炎はたいまつのようにシーンに投げ込まれる。

▲冒頭

4

    この詩は「シャガールという題をしているが、シャガールの描画法を模倣するといったことを意味しているのではない。とはいえここではシャガールの作「バスティーユ」〔La Bastille Paris、石版画、1954、51.5×66.8cm〕が詠まれてはいる。
シャガール「バスチーユ」
    この絵では日没を色あせたリラで表している。その前に3つの大きな要素が重なっている。第1の要素は魚でありこれは水でもある。第2は雄牛でありこれは大地でもある;というのは、雄牛は例えば植生の神バールの偶像であるからだ〔バールはセム族の主神で天と地の神〕。第3は恋人たち:これは赤いから炎と見てよい。同じく赤い雄牛の体に、街の家並みが蜂の巣のように並んでいて、その前に戦勝碑がそびえている。巨大な魚はクジラに似ていなくもない;三日月の目をしていて、左手に向かって泳いでいて、尾が、180度反転した頭の乗った女の上半身をしている。その下方の雄牛は、反対に右手に進んでいて、その頭が、魚の頭とコントラポスト〔8〕をなしている。左方のエラと右方の角との間に、「ほがらかな命運」がある。
    絵の右端にもう1つの女の姿が見られる。腕のハトは静かに「まだ」座っている;であるから、羽ばたき立つだろう。ハトは『聖書』のノアと精霊を連想させる。
    絵からは、水と・大地と・炎とが導かれる。第4の要素である大気が導かれる。「風」は2人の女の髪をなびかせていて、夜青色の花を運んできている;花の色は、このようにして風に「食べ」られた雄牛の目に映っている。

▲冒頭

5

    この絵の要素は『聖書』と関わりがある。魚は、大魚に飲まれるヨナを連想させる。魚はまた初期キリスト教の象徴である〔9〕。雄牛と天使は福音史家であるルカ・マタイの象徴。「風」は「神の息〔πνεῦμα θεοῦ〕」:これは人間に命に当たる。天使と風の間にハトがいるが、ハトは精霊を意味する。
    ここでは詩的な絵画と絵画的な詩が見えてくる。ボアヒャスとシャガールの作品の暗号は古拙的であるから、それだけ無時間的であり・夢や・童話や・キリスト教と関わる。描かれているのは、人生をかたちづくる夢判断的な要素だ。4つのモチーフ;神的なものの呼吸;平和のはばたき;大地の花と告知の天使;生命を作る夜(しかし眠りまたは死)―それに加えて、暖めもするし滅ぼしもする炎。使徒パウロによって知らされているように、恋〔愛〕が信仰と希望よりも大きいなら、ここでも恋の炎は他の要素よりも大きい。それなら、恋しあう〔愛しあう〕2人は街を脅かす、日常の破壊者だろうか。この問いを立てるために絵が描かれたのなら、この問いをなお問うために詩が作られらたと言えよう。
    さらにまた、ヴィラモーヴィッツ=メレンドルフ〔10〕が「〔大〕詩人は王であり私生児を適法化することができる〔Große Dichter sind Könige und können einen Bastard legitimieren、この文言を引用するWapnewskiは「Große」を省いている〕」と言ったように、ボアヒャスの詩作にも君主的なところがある。ボアヒャスはシャガールよりも先に進んでいる。シャガールは絵の半分を炎で埋めたが、絵のどこにも炎の線を描いてはいない。それとシャガールはこの絵に「バスティーユ」という題を付けたのだから、特定の場所が指示されてしまう;描かれている戦勝碑も、たとえばベルリンにでもありそうなものだが、これも在所が特定されてしまう。
    描かれている建物や、戦勝碑の頂上の天使や、絵の題で、絵の中央部分の抽象的に描かれた円形広場がバスティーユ広場だとわかる。そこは1789年のバスティーユ牢獄襲撃や1830年の7月革命のような歴史的出来事のあった場所である。
    シャガールが、革命記念碑や色彩や生き物を描いて、人間の生と死と行為、暴力で勝ち取られた愛について何か述べようとしたのか、赤や・青や・星や・花や・天使や・ハトを描いて、解放行為の永遠さについて何か述べようとしたのかを問うのは、無意味であろう。画家は描いただけだ。詩人は別のものを立てた。

▲冒頭

6

    確かに、詩に絵の役割が求められることがある。古代の作詩に、人体の描写の理論の「descriptio〔ラテン語〕」があったし、女体を描写する装飾的な詩行である「blason〔フランス語〕」があったし、blasonを用いた近代初期のマニエリスム〔イタリア中心〕があった。ドイツの作詩法でも、対象を逐語的に詩の言葉に移すことが教えられてきた。
    ここではそういうことが問題になっているのではない。画家が要素を配置する手法が模倣されているのではない。それは、マイヤー〔Conrad Ferdinand Meyer, 1825–1898〕がティツィアーノの聖母被昇天を「描写」しても、リルケ〔Rainer Maria Rilke, 1875–1926〕がアポロンの古拙期トルソを「描写」しても、ボアヒャスが魚の魔法という名のクレーの絵画へ〔11〕という詩を書いても、そうである。絵と文芸の区別はレッシングが理論化したとおりだ。ここで問題になっているのは、或る芸術の対象を別の芸術の対象として選ぶこと、その選んだ対象を、つまり選ばれていったんは疎外された対象を、新たな手法で親しませ分からせること、これであろう。
    絵画作品を詩に移す以上避けられない損失がある。だが同時に、詩はこれで自律を得る。絵では観賞されていたもの〔Anschaulichkeit〕が、言葉では直観されるもの〔Anschauung〕に転じる。だからシャガールはボアヒャスにとってののシャガールの絵である。

▲冒頭

〔1〕Wapnewski, Peter: »Fisch und Feuer, Stier und Stadt«. Zu Elisabeth Borchers' Gedicht chagall. In: Gedichte und Interpretationen. Bd. 6: Gegenward I. Hg. v. Walter Hinck. Stuttgart 1982. (Reclams Universal-Bibliothek. Nr. 7895.) S. 241–250.

〔2〕eia wasser regnet schlaf。ググって見つかった詩原文を記す。


eia wasser regnet schlaf
eia abend schwimmt ins gras
wer zum wasser geht wird schlaf
wer zum abend kommt wird gras
weißes wasser grüner schlaf
großer abend kleines gras
es kommt es kommt
ein fremder


was sollen wir mit dem ertrunkenen matrosen tun?
wir ziehen ihm die stiefel aus
wir ziehen ihm die weste aus
und legen ihn ins gras

mein kind im fluß ists dunkel
mein kind im fluß ists naß

was sollen wir mit dem ertrunkenen matrosen tun?
wir ziehen ihm das wasser an
wir ziehen ihm den abend an
und tragen ihn zurück

mein kind du mußt nicht weinen
mein kind das ist nur schlaf

was sollen wir mit dem ertrunkenen matrosen tun?
wir singen ihm das wasserlied
wir sprechen ihm das grasgebet
dann will er gern zurück


es geht es geht
ein fremder
ins große gras den kleinen abend
im weißen schlaf das grüne naß
und geht zum gras und wird ein abend
und kommt zum schlaf und wird ein naß
eia schwimmt ins gras der abend
eia regnet's wasserschlaf


おねんね水が眠りを降らせるね
おねんね夕べが草に泳いでくね
水にむかってけば眠りになるよ
夕べに来たら草になるよ
白い水に緑色の眠り
大きな夕べに小さな草
来るよ来るよ
知らないやつが


溺れ死んだ水夫をどうしろというの
わたしたちはそいつの靴を脱がせる
わたしたちはそいつの服を脱がせる
それから草に置く

川の中のわたしの子、暗いよ
川の中のわたしの子、濡れてるよ

溺れ死んだ水夫をどうしろというの
わたしたちはそいつの水を脱がせる
わたしたちはそいつに夕べを着せる
それから元にもどす

わたしの子、泣いてはだめ
わたしの子、ただの眠りだよ

溺れ死んだ水夫をどうしろというの
わたしたちはそいつに水の歌をきかせる
わたしたちはそいつに草の祈りをきかせる
そしたらそいつは喜んで戻ってく


去るよ去るよ
知らないやつが
大きな草に小さな夕べに
白く眠って緑色の水が
それから草にむかっていって夕べになる
それから眠りにむかってきて水になる
おねんね草に夕べが泳いでくね
おねんね水の眠りがふるね

ググって見つかったこの詩の解説によると、この作品はたしかに「フランクフルト一般新聞」で活字になったものであり、作者も編集者も予期していなかった反響を呼んでいた。非難ゴウゴウの読者の手紙もあった。それは、小文字だけで書いてあるだとか、言葉がみょうちくりんだとか、溺死水夫を冒涜しているだとかいうのが理由だったそうな。水夫のことは、Wapnewskiの言うとおり、「What shall we do with the drunken sailor」なる歌を参考にしているのだが、この歌は、当時のこの新聞の読者には知られていなかったようだ。(英語は全く興味がないからこの歌の引用はしないが、とにかく有名な伝統的歌謡曲であり、そのメロディにはバリエーションもパロディーも多い。あのショスタコーヴィチ様もピアノ協奏曲第2番第1楽章でちょっと使っているそうな。あと管理人が大好きなYambooの「Fiesta de la Noche」もこのメロディ)。

〔3〕Strophe。トラクル「冬に」の註〔3〕を参照。

〔4〕Vers。トラクル「冬に」の註〔2〕を参照。

〔5〕Hebung。トラクル「冬に」の註〔6〕を参照。

〔6〕Reim。トラクル「冬に」の註〔7〕を参照。

〔7〕Assonanz。トラクル「冬に」の註〔7〕を参照。さらに、本論考の題名は「Fisch und Feuer, Stier und Stadt」であり、fstとの頭韻(トラクル「冬に」の註〔7〕を参照)があることをWapnewskiは暗示している。

ファルネーゼのヘルメス

〔8〕Kontrapost。古代ギリシャ美術で使われていた技法。彫像の身体に要素間の交差を作って独特の安定を与えるもの。
    右の立像は「Farnese Hermes」と呼ばれる201cmの大理石像であり、前4世紀の彫刻家プラクシテレス(Πραξιτέλης, Praxiteles)派の元の作品をローマ時代に模造したものである。緊張している腕と足、弛緩している腕と足とをそれぞれ線で結ぶと交差が得られる。

〔9〕「イエス=キリスト」は、「神の子」であり「救い主」である;この3つは、『新約聖書』の言語である古典ギリシャ語で「Ἰησοῦς Χριστός」・「Θεοῦ ϒἱός」・「Σωτήρ」;この文字列から頭文字をそれぞれ「」・「Χ」・「Θ」・「ϒ」・「Σ」と抜き出すと、「ἸΧΘϒΣ」が得られる;古典ギリシャ語の正書法である小文字+各種記号で書くと「ἰχθύς」、すなわち「魚」が得られる。

〔10〕Ulrich von Wilamowitz-Möllendorf, 1848–1931。時の学界が無視したニーチェの『悲劇の誕生』に唯一公然と攻撃を行った人物という面もあるが、20世紀にまで大きな影響を及ぼしている重要な古典文献学者であり、古典文献学の位置づけ、学問的教育活動に於いて甚大な足跡を残している人物である。文献学のホメロス問題でも決定的な主張を残している。

〔11〕Auf ein Bild von Klee namens Fischzauber, 1976。詩の原文はググってもみつからなかった。